初めての質問

6月27日、28日には、二日連続で初めての質問に立ちました。政治と行政は、民間にできないことに集中すべきだ、というのが私の持論です。そこで、政治・行政と民間の役割分担という観点から、三つの質問を行いました。

第一に、被災地からの避難者の受け入れ態勢について。住まいを提供することは民間に任せるべきか、行政がリードすべきか。行政と民間の仕事の境界を考える上では、難しい問題です。震災後の混乱状態にあっては、行政が被災県の要請に応じ、被災者の住宅を供給すべきです。ただ、ある一定の期間を経過した後は、被災者の多様なニーズに応えるためにも、民間の力を活用することが、支援体制の充実につながります。これまで都は都営住宅や旧赤坂プリンスホテル等に4000人以上の避難者を受け入れてきました。しかし、震災から三ヶ月が経過し、避難者の方々も介護や通学といった事情で、都営住宅のない地域で生活せざるをえない方も出てきた。そうした多様なニーズに対し、都は直接住宅を供給することから、避難者のニーズと民間との調整役へと役割を移すべきではないか。その観点から質問しました。

総務局からは、住みなれない土地で避難者が孤立化することのないよう、戸別訪問など様々なサポートをしていきたいとの、回答を得ました。 第二に、懸念される今夏の電力供給について。これは平常時であれば、完全に民間と民間との話です。しかし、今回のような非常時においては、行政の役割は重要です。この三月には計画停電が実施され、都民の生活に大きな影響を与えました。私も、あらゆる業種の方々から「電気が止まったら商売にならないよ」という声を聞いています。また、一人暮らしのお年寄りからは「計画停電以来、精神的に不安定で、外出を控え引きこもるようになってしまった」という声もありました。もちろん、節電は重要ですが、電力が安定しないことで東京の経済が停滞することは、被災地の復興を牽引する立場からも望ましくありません。幸いなことに、東京電力が火力発電所の復旧などにより電力供給の強化を図っていることで、計画停電は避けられそうな見通しです。しかし、万が一の事態に備え、東京都が行う停電対策について質問しました。総務局からは、節電アドバイス事業をはじめ、医療機関や社会福祉施設への自家発電機の導入の支援など、都民生活を支える施設の電源確保を進める旨、回答を得ました。

最後に、私のライフワーク「電線の地中化」について。電線の地中化は、民間ではなく完全に行政の仕事です。電線を地中化することで、ライフラインの耐震性も向上します。電柱が倒れ、避難路がふさがれることも防げます。今回の震災は、電線の地中化の重要性を改めて示したと言えます。杉並には国道は少なく、主要な幹線道路はほとんどが都道です。しかし、その都道の中には、歩道の幅がわずか50センチで、人と人とがすれ違えなかったり、電柱が歩道をふさいでしまっているような、不便で危険な箇所がいくつもあります。防災の観点からも非常に問題です。しかし、都道全体の電線の地中化率は、約四割にとどまっています。いまこそ電線の地中化を一層推進すべきです。私のこの質問に対し、総務局は、電線の地中化により、①災害時の救助活動が円滑に実施できること。②避難道路が有効に機能すること。③架空線に比べて破損率が低下すること、などの効果があり、防災上有効であると認めた上で、国とも協力し、電線の地中化に取り組む旨、回答を頂きました。
政治・行政は本来、民間にできないことに集中すべきですが、その境界線は、その時々の状況によって変化します。今回のような、非常時においては、当然、普段では考えられないような行政の役割が生まれます。今回の質問を通じて、改めて政治・行政と民間との役割分担についての問題提起ができたと思います。

6月17日。私にとって初めての都議会・第二回定例会が開会しました。補欠選挙で選出された議員は、冒頭に自己紹介があるんです。すごく緊張しました・・・。よかったら都議会のホームページでご覧下さい。私は総務委員会に配属されました。新人の私にとって、都の取り組みの全体像が把握できる委員会だと思います。

6月7日。多摩川の水再生センターに行ってきました。

水の再生能力は世界一のレベル。そのため、多くの東京都の上下水道局の職員が、現地で被災者の支援に取り組んでおられます。震災後、金町浄水場から放射能が検出され、大きな問題になりました。その時、皆さんは自分がどこからきた水を飲んでいるのかって、疑問に思いませんでしたか。実は、埼玉から杉並へとのびている「朝霞上井草線」という水道の幹線が、300万の都民を養っています。

そして、上井草の浄水場から、さらに多くの枝線に水を送り出しています。東京の重要な二つの水道幹線うちの一つなんですよ。昭和41年に完成した朝霞上井草線は、耐用年数が約40年とのことですから、もう寿命を迎えます。しかしその重要な幹線を代替する幹線は存在しないんです。代わりの幹線がないってことは、現在使用中の幹線の点検もできないわけです。震災のことを考えれば、この際、耐震性に優れた新しい幹線をしっかりと整備しなければなりません。いま、新しいルートの選定が行われています。あらたな幹線を作るには相当の費用がかかるとは思いますが、都民の暮らしの基本「水」を守るためには、必要な投資だと思います。

6月2日、3日には、私も被災地に行ってきました。岩手の陸前高田と大船渡市。震災から三ヶ月がたとうとしていましたが、いまだ街のあちこちにガレキが山積み。撤去されてはいませんでした。盛岡の東京事務所で聞いた話にはハッとさせられました。震災後、通信手段がなくなったことについて私が聞くと、「とにかく道です。しっかりした道さえあれば現地に赴き、直接見たり話したり助けたりできるんです」と。現地に行って、改めて釜石市で被災した方から伺った、当時の状況が納得できました。「地震の当日、事業所の三階でひざ上まで水につかりながら翌日の助けを待った。生きた心地がしなかった。携帯なんて通じず、人も車もタンクも全てがあっという間に流された。電信柱が三つに折れて車に刺さることなんて、考えられないでしょ」 やはり、現場を訪れなければ、分らないことってあるんです。